ルイーズは何でも知っている(アンティーク恋噺3-2)
ルイーズは何でも知っている(アンティーク恋噺)
3-2
(何?)
ルイーズが振り返ると、背の高い、茶の千鳥格子のジャケットと揃いの帽子を被った少年がにっこりと笑って立っている。少年は手に持っていた包みから、小さな棒付きのキャンディーを出すとしゃがんでルイーズに差し出した。
「?」
泣くのも忘れて呆気にとられているルイーズは、操られたように右手を差し出し、キャンディーを受け取った。少年の顔から更なる笑みがこぼれた。
「よかった。君には笑顔の方がよく似合う」
爽やかに笑った少年は、ルイーズの兄アレクサンドルよりも少し年上に見えた。あるいは一番上の姉、11歳のフランソワーズと同じくらいなのかもしれない。いずれにせよ、ルイーズにとって一番身近な男子である8歳の兄やその友達よりも歳が上の少年に話しかけられたのは初めてのことであった。
ルイーズは母に近いくらいの背丈のこの少年を、憧れにも似た眼差しで見上げた。
「あ……ありがとう」
いつもの威勢はどこへ行ったんだ?と兄なら言うだろう。ルイーズは自分でもおかしいくらい、おとなしい声でお礼を言った。少年は人差し指を口にあてて片目を瞑ってみせた。
「お母さんには内緒だよ」
ルイーズはおもちゃの人形のように首をかくんと縦に振った。少年は続けた。
「君、毎週お母さんと一緒に来てる子だろ?」
言葉もなくルイーズはうなずいた。
「じゃ、またね」手をひらひらさせて少年は立ち去った。ルイーズは少年の立っていた場所を、白昼夢でも見るような顔つきで眺めていた。
少ししてから母が店の外で待たせていた侍女と一緒に戻ってきた。
「何をぽかんとしてるの?ほら、帰るわよ。明日は汽車に乗ってパリのデパートに行きましょう」
「でもロイは?」
「おばあさまがお見えになるのよ、明日は。たまに昼間家を空けたっていいでしょう」
ママはおばあさまに1歳のロイを見ていてもらい、ディナーの時に顔だけ出すつもりだ。「たまに昼間」と言っていたが、夜だってどっぷり家にいたためしがない。ママは外で好きな男の人に会っているのだと思う。ママは昔っからそうだ。
ルイーズがまだ小っちゃい頃、ロイがママのお腹にいる時からずっと言っていた言葉があった。
「いい?ルイーズ。貴族の女は男の子のスペアさえ産めば結婚の役割を果たしたことになるの。恋愛ごっこはその後いくらでもすればいいの」
言っている意味の半分くらいは小さいルイーズにとって難しかったが、ケッコンしてからレンアイするんだ、と言っているのはすぐわかった。あれ?みんなこんな順番なんだろうか?
それに、ルイーズの家は裕福だが、貴族の家ではない。母の実家が昔むかしの革命よりずっと前は貴族だったと言っていたが、結婚して嫁いだパパの家はブルジョワジーである。
「貴族みたいに躍起になって跡取り息子のスペアを設けなくても、男子がいなければいないで他所から養子をとれば良いだけだ」とパパが言っていたことをルイーズは思い出す。
ルイーズにはよくわからなかったけど、ママとパパが仲良しに見えないことはたしか。いくつかの口論の末、まるで意地でも張るかのようにママはロイを産み落とした。
私には、何にせよママが笑ってさえいてくれるなら、相手が誰だって構わない。だって、女はどんなお芝居だってできるけど、好きな人の前じゃないと本当に笑うことができないんでしょう?
母に手を引かれて、ルイーズはとぼとぼと馬車までの道を歩いた。私が……私が心から笑顔を見せられるのは、きっとあのお兄ちゃんの前だけだろう。
来る日も来る日も、ルイーズはその日が来るのを待ちわびた。雑貨屋へ行く日を指折り数えた。また、あのお兄ちゃんに会えるかな。あのキャンディーは紙に包んで、まだポシェットに入れたままだ。もう一度、会えた時にあのキャンディーを食べることにしよう。
(3-3へ続く)
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